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エリザベス・サンダース・ホーム関連


2010/11/14(日)    エリザベス サンダース ホーム チャリティコンサート
   #安田さんの出演はありません。念のため。
    どういうご関係かはこちらです。
2008/10/12(日)    旧岩崎邸庭園
   安田祥子講演会 「音楽に出会えた人生」


エリザベス・サンダース・ホームは、安田祥子さんの義母、澤田美喜さんが創設された施設です。澤田美喜さんは、大河ドラマ「龍馬伝」 に登場されている三菱財閥創始者、岩崎弥太郎の孫なので、世が世なら安田さんは…


澤田美喜さんは、戦後の混乱期、次々と捨てられていく"混血孤児(アメリカ人兵士と日本人女性の間に生まれた子ども)"の命を 2000人以上も救ってこられました。詳細はこちらです。

今現在は、かつての役割を終え、家族から虐待を受けた子どもたちを預かる施設となっています。 関連写真はこちらです。

澤田美喜さんの著書、「母と子の絆」より
ぜひ、ご一読ください

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「みんなにはお母さんがいるのに、どうして私にはいないの?なぜ?」(略)
という、ホームに預けられた子どもたちからの質問に用意していた答え
「みんなにはお母さんのつとめというのはね、これを一人で完全に果たすのは大変に大きな責任のいることなのよ。だから神様はあなた達に三人の母の役をする人を送ってくださったの。第一の母は、あなた達丈夫な子を産むという大役を果たされたのです。そして次に選ばれたのは私、あなた達をいい子に育てる母。そして三人目は先生と保母さん。これが第三のお母さんとしていろいろな学問を教えたり、日々の世話をしたりするのです。こんなふうに完全な母の役目を分業で果たすのだから、幸せだわね。」(略)

ホームに子どもを置いて立ち去る女性に対する世間の偏見に、澤田美喜さんはこんなことを語られています。だから、子どもたちにも愛情を持って接してこられたんだなって改めて思った文章でした:
「彼女らの服装を想像されたことがあるだろうか。敗戦の日から、否、それより前の最後の空襲の日から来たままの、汗とあかで黒光りに光ったもんぺ姿である。はきものすら持たぬ彼女らは、足ははだしで、焼野原となった街を歩きまわり、その日の飢えをしのぐだけの食物を求め、働き場所を捜していたのだった。
 私は、そうした彼女らに会ったことが幾度かある。その中の数人は、はだしの足から血がしたたっていた。彼女らに心を配る日本人がどれほどいただろうか。誰もが知らん顔をしてこれをみすごしていた。
 日本人のすべてが空襲を受けたわけではなく、爆撃にもあっていない人達もいたはずである。それなのに彼らは、この着の身着のままの女性に対してなんらの救いの手をのばそうとさえしなかった。空襲を受けなかった人々は二着以上の上着も下着ももっていただろうし、はきものも二足以上はもっていたはずである。それでありながら、何一つしようとしなかった。
 彼女らの足のゆびから血がながれているのを見るに見かねて、救いの手をのばすのは、アメリカの兵隊たちであった。あかにまみれた何ヶ月も着たきりの衣服をはじめてぬいで、アメリカ製の泡の出る石鹸で戦争中からのあかを洗い落とし、あたらしい衣服に着かえる彼女達は、戦後はじめてさっぱりした清らかな思いをしたことであろう。
 彼女らは、同胞からもうけられなかったこの親切に対して、何一つ報いるべきものを持ってはいなかった。それで彼女らは自分の体をもって報いるほかなかったのだ。
 これが“第一号”達の生まれてくる原因であったとしても、これらの母を責めたり、この子どもたちを白眼視することはできないはずである。私はいつも思う。もしも被災者でないものたちが、戦災をまぬかれた物資を分け与えていたならば、混血児の生まれてくる数も半減したのではなかったろうかと。」
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